エネルギーの問題
PfenningとFordは量子力学的な制限を考慮に入れつつ上記のエネルギーの数値計算を行った。Pfenning達はまず「弱いエネルギー条件の破れが大きい(大きな負のエネルギーが発生する)ほど、観測者がそれを観測する時間(sampling time)が短くなる」というQuantum Inequality(QI) と呼ばれる条件(つまり一種の不確定性原理)からワープバブルの厚み
はきわめて薄くなるだろうと考察し、
を次のように近似した。
)=
\begin
1, & r_,\\
,\\
0, & r_,
\end
この近似、およびsampling time中はワープバブルの移動速度を等速度
とみなす近似を用いると、リーマンの曲率テンソルとsampling time の間の関係からsampling time :
は以下のように求まる。
ここで
は
の小ささを記述するための係数である。これをQI条件に用い、いくらかの近似を行うことでワープバブルの厚み
の上限が以下のように求まる。
ここで、たとえば
とすればプランク長を
として次のようになる。
すなわち、ワープバブルの壁はきわめて薄くなければならないと予想される。厚みに関する条件がわかったので、この条件を用いて
として
の場合を考えることで一般性を保持したまま単純化され、以下のようになる。
E & = \int dx^3 \sqrt \rangle, \\
& = - \right)^2 dr, \\
& = - \right).
\end
なお、
である。ここにバブルの厚みの条件を与え、また実用的なワープバブルとして
と仮定することにより、具体的なエネルギーは以下のようになる。
我々の住む天の川銀河の質量
を典型的な銀河の質量とみなすと、このエネルギーは
と記述され、
倍を要すると結論付けられる。一般相対性理論的に考えて現在の宇宙でビッグバンのような過激な時空変化を生じさせたければビッグバンを遥かに超えるエネルギーが必要と言う結果である。
Pfenning達はこの計算を行った締めくくりに、もし何らかの方法でQI条件を回避しバブルの厚みを1メートルにまでできるなら太陽質量の4分の1のエネルギーで、またワープバブルの半径を原子より小さいスケール、たとえば電子1個のコンプトン波長にまで縮小すれば太陽質量の400倍程度にまで削減することが可能であろうと述べている。物理の基本法則を打ち破るかあまりに非実用的な大きさにするかしなければ実現できない(つまり不可能)というわけだ。
そこで、バブルのスケールを小さくすることに着目して必要エネルギーの削減を考案したのがChris Van Den Broeckである。彼はAlcubierreの考案した計量に以下のようなわずかな修正を加えた
[Chris Van Den Broeck, "A `warp drive' with more reasonable total energy requirements" Class.Quant.Grav.]。
ここで
は二次微分可能な任意の関数であり、次のような条件付けが為されている。
\qquad B(r_,\\
1
\qquad B(r_.
\end
ここでの
は非常に大きな定数であり、
を満たす領域では、これまでの議論通りのAlcubierreのワープバブル
f(r_
0
f(r_,
\end
が形成されている。ただし今回のワープバブルでは
の設定がPfenning達が仮定した近似と多少異なるので注意が必要である。
という補正を加えた目的は、それが形成するバブルの内側の体積を大きく膨張させることにある。イメージとしては四次元ポケットを思い浮かべると非常に分かりやすいであろう。Alcubierreのワープバブルはその内側にいかなるものがあろうとも、バブルを形成する時空の歪みに大きく干渉しない限り時空ごと切り取ってスライドさせてしまうので、このようなことも可能なのである。ここで、Phenning達が計算した厚み
の条件の下で、同様のエネルギー計算を内と外それぞれのバブルについて行う。まず、上記の条件を満たす
を以下のように設定する。
今回の仮定では
と設定する。また、そのほかの数値は次のように設定する。
\alpha & = & 10^,\\
\tilde \ m,\\
\tilde \ m,\\
R & = & 3 \times 10^ \ m.
\end
この
はおおよそ電子の古典半径ほどの大きさである。また、このような値を設定すると内側のバブル内の体積は半径
まで膨張する。このとき、外側のバブルのエネルギーの表式はPfenning達の計算過程とまったく同じように導出され、数値を代入すると以下のようになる。
また、内側のバブルのエネルギーは
の値によってその符号を変える。今回の設定では
の領域、すなわちバブルの壁の内側に近い部分が正のエネルギーを持ち、それより外側の
の領域において負のエネルギーを持つ。それらのエネルギーはそれぞれ以下のようになる。
E_,\\
E_.
\end
したがって、これらの総エネルギーはバブルが光速度で移動しているとしても高々太陽質量の数倍程度に抑えられる。また、これらの設定はQI条件も満たしており、計算上はまだワープバブルが実現できる可能性が残ったと言えたわけである。ただし、大きな空間の外側を絞って見かけの大きさを縮めたわけではなく極微な空間の内側を大きく広げたため、その中に入る方法は考慮されていないし、Van Den Broeckも論文内で言及しているが、これらの莫大なエネルギーをエネルギー密度として空間上に配置せねばならず、負のエネルギーの実用化が可能になったとしても果たしてそのような莫大なエネルギーの生成、集中が可能なのかと言うことには疑問が多く残っている。そしてそもそも、負のエネルギー自体がカシミール効果やダークエネルギーという形でしか物理学の領域に登場してこず、現在の見通しとして具体的に取り出すことが不可能であろうと予想されるエネルギーなのである。